展覧会のおすすめ

これ、違う方のブログにも掲載したものですが、
ここにも載せますね。


きょう、
僕のほうから、秋の展覧会のお勧めです。

新宿の東郷青児美術館で
フィレンツェのウフィツィ美術館からの名品展が開催されてます。
非常に優秀な作品がそろっていて驚きますが、
僕からの今回のお勧めは、僕が現在テーマとしている
ヴィジェ・ルブランの自画像です。

あまりにも素晴らしかったので、
論文のことも忘れてただただ見とれてしまいましたが、
それほど非常に美しいに尽きる作品です。

とってもしっとりしたマチエールが、
やはりテーマとしてこの画家を選んで良かったと僕に思わせるほどだったので、
僕は内心で興奮していました。

もし機会があればご覧になってみてはいかがでしょうか?


今回の論文執筆に際して、
ある時、調査のため伺った古典を扱っているギャラリーさんから、

「君は、やっかいな女性に恋をしてしまったようだね、
彼女ではなくて、君はマルグリット・ジェラールに一目ぼれするべきだったかもしれない」

と言われてしまったことがありました。

それほど、ヴィジェ・ルブランという画家に関していえば、
日本での知名度はいまだに決して高いとは言えず、
資料収集に時間がかかる事が予想されたばかりか、
作業としてはけっこうな脚力を有することが要求されたからです。

周りの大画家たちの影に隠れてしまうことも多い画家でもありますが、
今回のこの展覧会で展示されている彼女の自画像は
この画家の能力と魅力を確信させてくれます。

とっても美々しい作品なので、機会があればぜひ、ご覧になってはいかがでしょうか。

詳細:
ウフィツィ美術館自画像コレクション
11月14日まで  月曜定休
一般1000円 学生600円

それでは。

あらたな気持ちで

 えーーと・・・

このブログ開始して、だいぶ時間が経過しました。
まだ一年経ってないけど。

で、考えたんですが、
最近、この「フランス」テーマで書くこともだんだんマンネリ化してきて
くだらないこと書いてしまったりするようにもなってきたので(笑+汗)。

自分の感情を出すにしても、
このままだと、なんか自分の今に合ってない性格のものになる様な気もしたし、
なんだか、書いててもひきこもった文面になってしまうのでした。

あまりに情緒的で情動的になってしまう自分というのも、
自分で見ていて、あまり好きじゃないことに気がついたし・・・

新しく、今度は卒論までの経過を中心に
ブログ作ってゆこうかなと思います。

新しいブログのページ作って、
留学や今日までのこととはまた別に作成してみたくも思いました。

そのうち、URLとかここに記載します。

まだ計画段階だけど、そろそろやろうと思います。


では、またね。  ビズ・ビズ ;)  イエイ





お得感

 

「大は小を兼ねる」

の発想に、僕は多少、躊躇します。

 

「語学ができればより多くの知識が手に入る」

「いろいろと知った方が、後で応用が利いて、お得」

 

これらは通常の会話や、話ネタとしては

面白い結果を産むのです。

 

しかし、狭義、

つまり狭く深い追求の場では、

むしろそういった能力が、

単純に「器用貧乏」とされてしまうこともあるからです。

 

これは「勉強する」の定義でも問題となることです。

研究が単純に「知識を得ること」と言うのは
大きな間違えであるように、


知識がたくさんあったからと言って、
研究は成立するとは思えません。

 

研究が「何らかの発見」「何らかの証明」に結び付くと言えるなら、

本来、論文で求められていることは、
知識をどれほど得たか
ではなくて、

むしろ「どんな発見があったか」に視点が向くはずだからです。

 

ある程度の知識が必要なのです。

しかし、際限なく知識を吸収することにかまけている時期は、

ある程度、どこかでカンマ(、)かピリオド(.)で、

抑えるべきでは。

 

それが出来ない人は、八方美人的に、

なんとなく優秀なことが言えてしまっているように
思えてなりません。

しかし、僕から見た「幸せな人たち」は、
そちらのほうが「お得感」があってよいのでしょう。


アトリエ、冬の寒い日






美術

つくり手と理論家が、
互いに冷静な会話のもとで話し合う事。


僕は、その実現が実は
とても難しいという事実に気が付きます。

 

理由はいろいろありますが、ひとつに闘争心でしょう。

 

この非常に人間の発展に欠かせなかった

素晴らしい動物的性質であり、

なおかつ、くだらない虚栄心が、

 

おそらくは話し合いというものを崩壊させます。

もっと言えば、話し合いを利用して相手を牽制するのが
目的となります。

 

制作の世界に入りながら、

美術史の理論研究をしていると、


両者の違いに気が付き、

互いに持ち得ていない要素が多くあることを知ります。

 

非常に幸せな人たちは、

美に対して自分のやっていることが
正しいということを主張するようになります。


けれど、僕にはそんな彼らのその自信が理解できない。


なぜならば、そういう制作者たちは、
自分らにとっての否定因子を排除しなければ、

そのうちに、彼ら自信が孤立するからです。

 

生半可な人たちであり、

また幸せな人たちであり、
自分が大学で理論などを勉強したとして

正確な検証もない人たちは、
自分たちの理論を勝手に学問としてしまいます。


でもそういう彼らの中には

誰かから、より詳細な理論が述べられた時

「小難しい議論」として、
それらを適当にあしらおうとする人たちも
いることを僕は知ってます。

 

両者は制作者であれ、理論家であれ、
非常に幸せな人たちです。


しかしながら、
彼らの言ってることはすべて嘘に近い。

 

なぜならば、本当に正しいと思われる意見や、

本当に重要な要因に出会った時、

それを受けとらえられるほどの大きさの器を持っていないから。

 

そこで、

あしらわれた人間は、彼らに恨みを抱きます。


それが、恐ろしく相手にとって破滅的な理論を

彼らに行わせるという事実は、
美術史の中でいくらでも発見できます。

 

人は、そのようにして互いを平然と殺し合います。

これまでの美術史の中では別に珍しい史実ではないが、

非常につまらない。持ってる器が小さい。

どちらかが殺されなければならない、


そんなことしか、頭にないような、
デスマッチのような情けない空虚な行為は

本当のところなくなった方がいい。


写真はレストラン壁画完成のセレモニー


制作

「制作」

 

このコンセプトに約一年間、

向き合い続けました。

 

創ることが目に見える問題だけを

最初から育んだわけではないということも

僕はずっと考えていました。

 

美術を制作…

これを考える絶好の機会だったのです。

 

そして、

これは壁を制作することでもある。

 

世界地図はなにもないところにボーダーラインを引き

ここからここまでが私たちのテリトリー、

と言うことをやってきました。

 

そして、ベルリンの壁が出来て、

崩壊後、それは冷戦の遺品として美術館にも展示されました。

 

その壁には多くの落書きや、

訴えが描かれて、非常にカラフルな壁になりました。

 

最初は大きな囲いの中に、

国家政策と言う大きな理想ができて、

対立していた不思議な思いが、

その何倍もの多くの人々をふたつに分けてしまった。

 

美術館に展示された「文化の遺構」であり「美術品」、

 

それは、

誰かが最初に考えた、目に見えない、

国民にとって漠然として、曖昧な恨みが、

多くのものを壊して叩いて、何もなくなってしまったところに

また、今度は新しく制作してみると、

それは巨大で、とても距離のある、権力の象徴だった。

 

そしてそれは、

その壁を乗り越えようとするひとたちに対しての、

自分たちの家に帰りたい、ただそれだけのひとたちに対しての、

 

もしあちらへ行きたいなら、

また、君たちを叩いて壊すよ、それを繰り返すよ、

そういう誰かからの空虚な警告だった。

 

それがベルリンの壁の「かけら」という、

美術館に収められた「美術品」なのでしょう。

 

ひとは、自分たちの理想と実現を求めて、

そのための創造性を駆使しながら、

これから、

またどんなものを「制作」し続けるのでしょうか?

 

 

写真は、レストランの壁画制作時。

色々な動物や木々、そして明るい青空が広がるパラディ(楽園)。
映ってるのが僕です。


日本人?

 

「殻に閉じこもる」

 

そんな表現がしばしばありますね。

 

フランスから帰り、もうひと月以上経過しました。

で、僕はふと考えます。

特に、そんな表現について、僕は考えています。

 

パリで、僕は割と多くの日本人と出会いました。

 

パリで、僕は日本人同士でいるときに、ふと

「日本人らしくしなくては。」という
表現を聞くことがありました。

 

パリで日本人らしくある,
ということはどういうことでしょうか。

僕はとてもその表現に対して違和感があるのです。

 

パリにおいてそれほどまでに
自分のアイデンティティを守るということは、

どのような日本人として、
あり続けると言うことなのだろうか。

 

パリに住み、自分がいまだ持ち続けている日本人観が

日本人の正しい姿だと思っているのなら、

 

それは、

 

日本人らしさの定義を自分の中で持って、

パリに閉じこもっている姿のようにも思えました。

 

広大な、パリと言う都市の中で、

日本と言う土地から遠ざかり、自分の中の日本人が

本当の日本人だと考えている。

 

自分が、パリの中で
唯一の正しい日本人であるかのように、

周りの日本人に、日本人の本来の姿を
教授しようとするかのように。

 

しかし、その自分の理想と
比較するべき対象の、他の日本人観の話は、

そういった会話ではほとんど出てこない。

自分の持ってる日本人観のことしか話さない。

 

僕はそういうような人との会話が嫌いでした。

 

話し手が、まるでどこかの啓蒙運動の、

独裁者のようにも見えたからです。


今日の写真はレストランの壁画制作。




ヴィジェ・ルブラン

ヴィジェ・ルブランについて

論文の完成の期限が迫っています。

まだ、1月まで時間があるだろうという声もあったけど、

正直言って、僕の中ではもうありません。

 

現状のままでは、調査報告で留まってしまうのは

自分でもわかっています。

それどころか、絵画鑑賞と制作、
そして文献を主体として来た研究なだけに、

単なる観察した結果の感想と、

文献からの抜き出しで終わってしまう事例は、

こういった僕のやっている研究の人たちの失敗としては

珍しくありません。

 

むしろ、手慣れた人たちの間でも

そのような発表の仕方となって叱責を受けてしまう例を、

フランスでも多く聞きました。

 

僕は絵画の研究ですが、

周囲も言うように、

今の現段階で、自分が調べたことの断片を

まとめたものでしかありません。

 

それはわかっています。

しかし、無理やりの証明を作るのも

既成事実として成立してしまう可能性がある以上、

僕自身、神経質になってしまって然るべき、

なのだと思っています。


しかし、僕の論文の完成のメドが、


この状態で留まってしまうことは、
もっと怖いことに思います。



写真は今日はちょっと変えて…

アトリエ最後のパーティー。よく知ってるみんなと。
友人のお別れ会。あと最後に
僕のフレスコの完成を祝ってくれたのです。


友人たち

最近、パリで知り合った日本人の友人たちと

東京で会ったり、

 

また、離れ離れになった各国の友人たちと

チャットしたりしました。

 

エストニアのカルとは今日、

英語とフランス語の勉強の話をしました。

パリで彼は、完全に英語で徹していたので、

チャットも英語ですが、

勉強のために今、多言語を習得しなければならないが、

なかなか複雑なものだね、と。

写真は続き


これらの背景部分は大きく二分割で描いたが、
二番目のモルソーは僕自身、気に食わなく、
時間をかけたところではあったけど、却下した。
完成したこの日にピエスで打ち砕く。


満ちない

複雑な思いと言うものがあります。

 

誰かに言わなくとも、なにか考え込んでも考え足りないほどの

満ち足りない日があります。

 

考える…このような満ち足りない気持ちを淘汰しようと

するかのごとく、何かを考えた日。 

 

けれど、僕は満ち足りません。

ナポリで、ヴィジェ・ルブランも…どうだったのだろう。

 

 

今、東京です。

ヴィジェ・ルブランではない、僕の持つ幻影に会った日。

 

今は夜中、論文を書いていました。
ヴィジェ・ルブラン。

 

写真は前の続き。



この写真の僕の笑顔は、実は気まずさです。この時、先生がいなくなったので、作業よりもネットにはまってしまい…その瞬間パチリと…


セレーナ・アビ・シュベルとベネカンの話

帰国しました。これは先日に羽田でうっていたものです。

このフランス研究ノート、日本でもまだ続けてゆきます。



 
そして今日のブログは

乗り換えの、スイスからのフライトの最中に

書いたものです。

 

 

まずはベネカン教授の話。

 

例の最後のフェット(大成功!)に

 

教授のムッシュー・ベネカンも来てくれて、

シャンパンの良いものを持ってきれくれた他、

 

…そして、

僕は驚きました。

 

教授は、僕の誕生日813日を知っていて、

プレゼントまで用意してくれていたのです。

 

感激でした。本当に。

 

 ケイチ、君はヴィジェ・ルブランという

フランス人でも難しい研究をしながら、

 フレスコと言うダイナミックな仕事をあれほどにこなし、

 本当に素晴らしい「足跡」を、ここパリに残してくれた。

 

ベネカンの言葉でした。

 

 メルシィ、メルシイ・ボクゥ、ムッシュ…、

ケル…ケル・アグレアブル!

 (ありがとう、本当にありがとう、ベネカン。

なんて、なんて素晴らしいことなんだ!)

 

僕は言いました。心が破裂しそうなくらいうれしいことでした。

堅く互いに握手を握り交わしました。

 

プレゼントは、

ジャック・マール・アンドレという美術館の本。

この美術館、18世紀美術の研究を志す者にとって、

極めて重要なところなのです。

教授・ベネカンは、このことを意識して、

ジャック・マール・アンドレから

直接購入してきてくれたのでした。

 

僕はこの日、ベネカンを含むベジタリアンのための

野菜カレースープと、

 

鳥一ぴき丸ごとに豆を詰めて、

白ワインやリキュールで煮たものを

用意して、みんなにお別れをしました。

 

あの真貴子さんのフレスコ完成の日、

教授が僕に言った、「君と私は友情でつながっている」。

この言葉を思い出しました。

 

……… ……… ……… ……… ……… ……… ……… ………

 

二つ目はセレーナ・アビ・シュベルの話。

 

先日、

レバノンの友人、セレーナ・アビ・シュベルからも

連絡がありました。

 

ブログでもいつかすでに書いたレバノン人の友人。

 

彼女はこちらで、一番最初に僕のミニアチュールの

モデルを務めてくれた思いの深い友人でした。

 

彼女からの僕の美術史に対する

考察への影響は強いものでした。

 

そして彼女は頭もよくロジカルな思考の持ち主で、

彼女が持つ美術史の冷静なまでの科学的考察を、

僕は教えてもらいました。

 

彼女は最初の4カ月で帰国しました。

その後もいろいろメールを交わしたり、お互いの国のことを

教え合ったりしました。

 

よくある

自分の理想ばかりを押し付ける連中とは、

彼女は一線を画していました。

 

つまり彼女は、狂信的・盲目的な考えを

僕に対して用いることはなかった。

 

自分のことでヒステリックな理論をたてることもなかった。

しつこいこともなかった。

 

学人としての自分を自覚していた。

 

だからこそ僕は彼女とこれほどまでに、

互いのロジック(理論)を探り合えた。

 

今から3日前、

僕が帰国することを知ったセレーナは、

ベイルートから僕にメールをくれました。

 

 サリュー、ケイチ

あなたの帰国のこと…

 あなたの家の家族、そしてあなたの友達、

あなたが日本に戻って、彼らと再会できること、

それはあなたにとって、とっても素晴らしいこと。

 

あなたはパリにまたいつか戻ると言った。

 私もまたパリに戻りたいと思ってる。

 パリであなたと再会したい。

いつかはまだ分からないけど。

でも…ウィ。再会しよう。

 

 そして私はいつか、そう、まだいつか決めてないけど…

日本へ行ってみるつもり。

 あなたの国のこと、これからも私にもっと話してみて。

 

…セレーナからのこのメール、

 

帰国直前まで、

僕は周りにうるさいほど

「本当はまだパリに居たい」と言っていた。

そんな僕にとって、セレーナのこのメール、

実は耳の痛い、

セレーナには頭が上がらないように感じました。

 

これ、セレーナらしいメールです。

うん、本当に彼女らしい。

彼女は4カ月間、ともにずっとアトリエで過ごして、

いろいろ分かち合った友人でした。

彼女はアニメーションを専門にやっていながら

パリではフレスコと彫刻を履修していたのでした。

 

Oui, Serena! (ウィ、セレーナ!)

きっと、また僕は君・セレーナと再会する!

 

君がいたからこそ、

僕はミニアチュール研究と言う

あらたな美術史の可能性に踏み込めたのだ。

 

今、僕が描いたセレーナの肖像画はベイルートにあります。

 

 私のとっての大きなプライス。

 

彼女は僕にそうメールで言いました。


下はフレスコの続き

リサージュ(磨き)後。この磨きを怠ると顔料が剥落して来たり、色が鈍く見えたりするので、まんべんなく、神経質なほど鉄べらと大理石のローラーでならしてゆく。一番重要で、神経を使う作業。

トロワジエンム・モルソー開始。砂と石灰でモルティエを施す前に、十分に壁を濡らす(ビヤン・ムイエ)。


二日目にオンデュイ(上塗り)。その後まもなく下書きを転写。

トロワジエンム・モルソー


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